同じ空を見ていた
春も浅い夜。
左将軍、劉備玄徳は形ばかりの位ながら、もらった執務を行っていた。
腹に何か抱えていると言う疑いを持たれ、あながち否定も出来ない身ではあったが。
自分でなくてもかまわない職務をこなすことは、良くならずとも悪い方向にはいくまいと、
夜中過ぎまで与えられた仕事に専念していた。
そうすることで、あの熱いほどの眼差しを忘れることも…できた。
ふと、劉備は手を止めた。
背後に気配を感じたからだ。
殺気ではない。
だが、感じなれた義兄弟達のものでもなかった。
どなたか、と問うべく振り向こうとしたその時。
筆を持った劉備の手に、男の手が重ねられた。
「!」
その袖口の豪奢な刺繍には見覚えがあった。
それは、最も緊張を強いられる場所で確かに目にしたもの。
あれは…。
驚いて、振り向く。
「……!」
その存在を確認する前に、劉備の唇はふさがれていた。
そこにいたのは…曹操孟徳。
左将軍の位を与えた大将軍だった。
「…ぅ…っ…!」
劉備は抵抗をするが、曹操の力は想像を超え強かった。
ふりほどこうとしてもその腕は思うままに劉備の背に動き。
そのまま、文机に背中を押し付けられる結果となった。
「…つ…っ…!」
固い文机に押し付けられた背は、痛みを訴える。
その声に、やっと曹操は劉備の顔に視線を向けた。
しかし、その表情を読むことは出来なかった。
「曹操殿…何を、なさるのです…。」
非難の声を口に出す。
勿論、必要以上に逆らうことができないのはわかっていたが。
この疑問は当然口に出しても良いだろう。
だが、曹操の口から出てきた言葉は、劉備の問いに答えては居なかった。
「いつか言ったな、劉備…この乱世に英雄は二人だ、と。」
「……?ああ、そのようなこともありましたな…。」
曹操の言葉に、劉備は初めて二人で杯を前にした日の事を思い出す。
あの時は向けられた言葉をごまかすように、雷に恐怖する姿を見せた。
やはり、勘違いにはしてくれなかったかと…劉備は少し、思う。
曹操は言葉を続けた。
「お前は英雄だ…劉備。」
「いえ、私は…。」
劉備の拒否の言葉を、曹操は即座に退ける。
「聞け。お前は人に揉まれ、人の中で…誰よりも大きく、清らかに光るだろう。」
確信に満ちた声だった。
劉備には買い被りにすら聞こえる程の…言葉。
「お前を殺すべきだ、という声は多い…それを一理ある、とわしも思う…。」
その言葉にびくり、と劉備の身体は震える。
だが、それと同時にそうしないだろうという思いも確かにあった。
「だが…それはできない…いっそ…この手の中で潰してしまえ…と思っても…。」
「……。」
曹操は、劉備の手を強く握った。
「わしは…この温度が…いとしい…。」
「……!」
曹操は、また強く、劉備を抱きしめた。
曹操の手はゆるりと劉備の衣の紐を解いた。
抵抗は、なかった。
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曹操が目を覚ますと、劉備はまだ明けきらない朝日を見ていた。
すでに衣服は整えてあった。
やや勿体無い、と感じながらも曹操も脱いだ衣を自分の肩にかぶせる。
「夜が明けます、早めにお帰りになったほうがよろしいでしょう。曹操殿。」
劉備は顔も見ずに声を出した。
その様子に、曹操は小さく苦笑する。
「つれぬな、劉備。」
「……。」
劉備は答えることなく、朝日から視線を外さなかった。
ふと、曹操は劉備に聞いた。
「何が見える、劉備?」
「天の下…大地が見えまする。」
「それは、誰の?」
「……。」
劉備は答えた。
「それはいずれ天が選ぶでしょう。」
劉備は曹操を見て言った。
曹操は劉備を見て少し笑った。
ふたりが同じ空を見たのは これが最後だった。
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「父…?」
「……子桓か。」
「浮かぬ顔をなさる。天下は一つとなったのに…何ゆえか?」
「…そうよのう。」
「同じ空を見る瞳と手を…思い出したのでな。」
曹操は空を見上げ、想いを馳せた。
劉備よ。天は選んだ。
だが。
あの日の温もりは返してはくれなかった。
今でも想っている。
同じ空を、見たかったと。
end
久々の無双小説です!また似たようなシリアス…うう、ワンパターン。
こういうロミオとジュリエットな典型的悲恋がホント大好きですv
二人はオトナだから、受け入れようとして、でも受け入れられない部分もある。
葛藤あってこその人ですからね〜そういうの萌えます。
あ、でもこの二人両思いではなさそうですが…。(おい)
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